地元消費だけでなくなってしまう市場に流通しないりんご
りんごの産地として知られる長野県。県内のいろんなところでりんごが育てられていますが、八ヶ岳の裾野に広がる諏訪地域も隠れた名産地のひとつです。
諏訪湖周辺などにりんご農家さんがいくつもあり、秋になると収穫を迎えます。栽培から出荷まで一貫して行う笠原果樹園もそのひとつです。
笠原大吾さんは4代目。正確な年数はもうわからなくなっていますが、曾祖父母の代からなので90年ほどはここでりんごづくりを続けていることになります。周辺にも同じころからりんごづくりを続ける農家さんが集まっているそうです。
100年近い歴史を重ねている諏訪のりんごですが、実は市場に流通するのはごくわずか。というのも、笠原果樹園さんのりんごもそうですが、そのほとんどが地元の人などへの直売で終わってしまうから。毎年箱でまとめ買いする固定ファンが多くついており、収穫の時期になるといつものお客さんが何十年もリピートしているんです。
それ以外の分も地元のスーパーなどに一部が並ぶ程度で、地域の外に流通するのはほんのわずか。地元の人以外はなかなか食べられない“知られざる名産品”になっているんです。
りんごに適した気候と、土づくりが生む甘さと食感
地元の人が毎年リピートするのは、やはり味のよさから。
りんごの甘さやシャキッとした歯触りには寒暖差が重要で、寒冷地でよく育てられています。諏訪湖周辺は標高700mから800mほど。寒さが重要とは言え、あまりに標高が高いと寒すぎて春先に霜が降りるため栽培が難しくなります。しっかり冷え込みながら、霜の影響も少なくすむ諏訪盆地は、りんご栽培にちょうどいい条件なんです。
もともとの気候のよさに加え、笠原さんは土づくりにも力を入れています。土壌医検定といった資格も取得しながら、土壌改善を重ねています。
また、酵母菌などを利用することで農薬をできる限り減らす取り組みも行っています。
りんご好きが愛し続ける幻のりんご
地元のコミュニティのなかで流通してきたことは、味へのこだわりの土台にもなっています。毎年リピートしていろんな品種を食べる、りんごに詳しいファンが多く、味に対する評価も厳しくなるためです。
「味がよくないとお客さんがつかないですから。しかも、うまくできるとお客さんに直接褒めてもらえる。それがうれしくて頑張っています」(笠原さん)
季節ごとにもっともおいしいりんごを提供するために、品種もたくさん育てています。
11月中旬ごろに旬を迎えるりんごの王様「サンふじ」をはじめ、酸味が印象的でジャムやアップルパイに向いた「紅玉」(10月中旬)、小ぶりで皮が薄く丸かじりがおいしい「シナノプッチ」(9月下旬)など、笠原果樹園では秋から初冬にかけての短い間に10種類以上のりんごを出荷しています。なかには諏訪生まれの「すわっこ」(9月下旬)といった新しい品種も。まだ知名度は低いですが、地元のりんご好きは知っていてわざわざ買いに来ることもあるそうです。
いろんな品種を食べて、お気に入りや自分の好みの品種を持っているりんご好きの間で食べられ続けてきた諏訪のりんご。市場にはほとんど流通しないけれど、ファンの間で100年近く研鑽を続けてきた幻の名品です。